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*道場における三つの礼について

*道場における三つの礼について


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◎※道場における三つの礼について
 礼は五倫(五常)即ち仁儀礼智信として、人間として踏み行わなければならないものの一つにあげられています。
 昔より「剣道は礼に始まり、札に終る。」と言われています。まず、剣道を修行する場である道場には、おのずから剣の技より先に、作法として、この三つの礼から指導されるのが常であり、これらのことが理解され、始めに剣道のいかなるものかを知り、その上での鍛錬によって肉体的に、精神的に、技術的に向上していくもので、このことは修行の続く限り、この礼の道を離れてはならないものです。

※一つは神に対する礼
 昔より道場には必ず武神が中央に祀られています。これはあくまで神聖な場において、汚れない清らかな心になって、技を練ることを通じて、心身を鍛えようとする、各自の虚心な心、地位も名誉、年令も忘れきせて、ひたすら、この道に進もうとする心を形で示すことです。しかし、現在では、道場として、一般体育館、運動場といった専門的な道場を持たない場合が極めて多いです。だが如何なる場所で行われようが、この心には変りなく、常にこの場が自分を鍛え上げてくださる場所だという感謝の心、その精神を忘れてはなりません。いかなる場所であろうと自己錬成の神聖な場であることを思いを失ってはならないのです。

※二つは師(長上)に対する礼
 師は常に、われわれの内に持っている無限の可能性を引き出し、教え導いてくださる指導者です。「我に生命を与えたものは父母である。我を善に導いたものは師である。」ということばがあります。
 師は精神的にも、技術的にもわれわれを育て上げて行く親ででもあります。この意味で、われわれは常に師を敬い、非礼な行為などを慎み師に対する立ち振る舞いなど、注意することは当然のことです。また、この道の年長者や先輩に対しても同様でなければなりません。師、年長者や先輩達も、年少者や後輩を我が子のように、弟のように、互いに敬い、そして愛し合って、温い人間関係が結ばれ、楽しい雰囲気の中で修行し、向上していくものです。

※三つは相互の礼
 「もろともに助けかはして睦びあふ友ぞ世に立つちからなるべき」(明治天皇御製)
 人生にとって真の友人程力になるものはない。親、兄弟にも打ち明けられない事柄でも語り合い、互いに力を与え、涙を流し、激励し合うのも友人であります。同じ志を持ち、同じ道に精進しょうとする友人、同僚であるだけに、親しさもまた格別です。しかし、親しさに馴れ過ぎて、厳しい稽古の中で、相互の礼が乱れれば、粗暴、野蛮なものとなり、剣道の本来の主旨に反することとなります。これらの粗暴に流れないようには、常に剣道を修める者は、一挙手一投足すべて礼に叶うように心がけなければなりません。最も大切なことです。

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