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*剣道の隆盛と戦争への道

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※剣道の隆盛と戦争への道
大正時代から明治神宮国民体育大会、東京帝大、京都帝大が主催する高専大会などが盛んに行なわれていましたが、昭和3年には全日本学生剣道連盟が結成され、第1回大会の全国大学高等専門学校剣道大会が開催されました。            翌々年からは全国中学校剣道大会も始まっています。また、早大のアメリカ遠征、全日本学生選抜軍の満州遠征など、この時期、学生剣道界は、剣道界全体をリードするような活発な動きを示して、めざましい発展を遂げました。
日本が戦争への道をまっしぐらに歩んでいく特選試合の出場選手たち とともに、剣道も国策と結び付けられるようになり、中学校や国民学校(小学校)での武道教育が義務づけられるようになりました。それとともに、日本が植民地化した満州、朝鮮、樺太などにも多くの剣道家が渡り、紀元二千六百年奉祝天覧武道大会などにはそういった地域の代表選手が参加しました。
この昭和15年には、紀元二千六百年を祝って、このほかにも各種の記念大会が行なわれています。その中でも、宮崎神宮大会(紀元二千六百年奉祝全国武道大会)は、戦後の東西対抗大会の原形となりますが、2万人もの大観衆を集めたビッグイベントでした。こうして剣道が隆盛を極めるのですが、翌昭和 16年に太平洋戦争が勃発します。

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